すしは「酢し」、つまり酢っぱい食べものというのが語源です。

漢字も現在では寿司や鮨などが当てられていますが、元々は「鮓」という字が当てられ、米ではなく魚肉や貝類を塩漬け発酵(酸っぱく)させたもののことを言います。


この鮓の起源は、紀元前
4世紀頃の東南アジア。日本に伝来したのは6世紀頃。大宝律令(701)「古記」の鮨について記録されています。

音義に曰く、蜀の人、魚を取り鱗を去らず、腸を破りて塩を以て飯酒と合わせ喫わす、碑を其の上に重くし、熟せば之を食う、名づけて鮨肉とす」つまり「鮓は、魚の臓物は取り去ってから塩を付け、酒と飯とを合わせたものを中に詰めて発酵して食べる」ということです。


この製法は、平城京のあった奈良時代から食用され、各地で特有の鮓となったとも言われています。


古代鮓は、熟成させるまで数ヶ月が必要で、いわば保存食であったのですが、米を加える事で熟成を早くすることが考え出されたのが鎌倉~室町初期の頃です(馴れずし)


しかし、米は発酵用の素材であり、このときも鮓は魚介類のみが食されている状態でした。ただ熟成期間が早くなるといっても、出来上がるまで早くても5日普通なら1か月はかかったと言われています。


米が一緒に食べられるようになったのは室町時代後期になってからと言われています。

魚は半生の状態で、米飯もまだ飯として食べられるうちに一緒に食べるようになり、保存食から料理へ変化しました(半なれ)。


江戸時代になり、熱く炊いた米を使い、魚を漬け込み、重い錘を載せて発酵を早めさせるようになりました(早ずし)

この製法が進化し、酢を使って発酵させずに酸味と防腐性をもたせるようになって、現在の「押し鮨」の基礎が完成されました。


馴れずしが魚介類しか食さないのに対して、「早ずし」は米も食すので、当初は「飯ずし」や「食ずし」とも呼ばれていました。